元化学専攻所属・名誉教授 吉村 一良
京大・工に1977年に入学して以来、この3月で定年になるまで、46年が経ってしまいました。その間、博士課程が終わってから2年半、福井大学・工に助手として赴任しておりましたが、1988年に本学理学部化学科に転任し、定年になるまで35年間、理学研究科にお世話になりました。先日、久しぶりにお会いした教授仲間の友人に、「吉村さんは自由人だから。。」と言われましたが、自分のことは存外分からないもので、自分では周りに結構気を遣って、それなりに研究以外のこともこなしてきた積もりなのですが、端から見るとそのように見えるのだなと思った次第です。確かに私の研究においては、ドライビングフォースは常に興味(curiosity)であって、本当に好きな研究のみを行って来れた気がします。その意味で、これまで本当に幸せな研究人生を送って来れたのだなと思います。そして私には興味にまかせて物をため込んでしまう癖もありまして、まあそんな訳で、長年貯まりにたまった本、書類のたぐいが教授室の大半を占め、何とかしなければと気持ちばかり急いている今日この頃です。定年になったら、どんなにか暇になり、自由になれるのだろうかと思っていたのでありますが、存外やることが多く、本当に定年になったのだろうか、現役の頃より忙しいのではと考える今日この頃です。人から請われるうちが花ということもありますので、自分の性分でもありますが、来るものは拒まず方式の断らない精神で、忙しくそして楽しく日々過ごせております。
定年の直前に最終講義の機会を頂き、また定年になってから講演の依頼を受け、そして、研究のレビューの執筆を頼まれたりしておりますが、そんな際に構想を考えていてつくづくと感じたのですが、最初に研究らしい研究を行った博士課程の頃の仕事(研究)が、自身のこれまでの研究生活でのライフワーク的な存在になっていることに改めて気がつきました。そして、いろいろな研究者の方々と話をすると、同様の意見・感想をお持ち方が非常に多いのです。やはり若い感性で興味を持ち選んだテーマが、後々の研究人生に大きく影響するということなのでしょう。そんなことを考えながら、これからは少し違う観点からも研究人生を続けて行きたいと考えている次第です。勿論、これまで行ってきた研究に影響され縛られてしまうことは仕方のないことですが、出来るだけ自由な発想というものを大切にしていきたいと今更ながらに考えております。「京大の自由な学風」を最も色濃く有しているのが理学研究科だと思います。そんな理学研究科で自由に研究を行うことが出来たのは本当に幸せだったのだなと思います。理学研究科が京大の良心で有り続けて頂きたいと心から願っております。そういうことがずっと許される京大であって欲しいと希望しております。
これまでの長い研究半生(あえてそう言わせて下さい)を終えて、もう一つ言えること、それは研究分野でもやはり人間関係が非常に重要だと言うことです。私の研究は、一言で言うと「遍歴電子化合物の研究」です。特に磁性体や超伝導体についての実験の研究です。この研究分野でも、様々な実験結果を総合していろいろなことが明らかになり、理論家の方々との議論が欠かせない分野です。本当にたくさんの方々にお世話になり、多くの様々な方々と関わりをもって研究を行ってきました。多くの国際共同研究も行ってきました。様々な国々の研究者や多くの人たちと交流することの楽しさを知りました。日本人同士よりも分かり合えることもあるのだという経験もしました。今でもそうした経験を通して友だちになった人々との友情は変わることはありません。最近、日々のニュースに接しながら、お互いに理解し合うことの難しさを痛感する今日この頃ですが、出来るだけ多くの人たちが互いに理解し合う機会を出来るだけ多く持ってほしいと望むばかりです。とりとめの無い文章になってしまいましたが、この場をお借りして、私と関わって下さった多くの人たちに心から感謝致して、筆を置きたいと思います。本当にありがとうございました。